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東京高等裁判所 昭和60年(う)812号 判決 1985年11月06日

主文

原判決中被告人に関する部分を破棄する。

被告人を懲役五年六月に処する。

原審における未決勾留日数中一〇〇日を右本刑に算入する。

押収してある二重袋入り塩酸ジアセチルモルヒネ(ヘロイン)二八袋(当庁昭和六〇年押第二六三号の1ないし28)を没収する。

理由

本件控訴の趣意は弁護人石坂基名義の控訴趣意書記載のとおりであるから、これを引用する。

一控訴趣意第一(事実誤認の主張)について

所論は、被告人は原審相被告人シヨヌビ・カモル・ダボ(以下ダボと称する)と共謀していないから、原判決が被告人とダボが共謀したと認定したのは、事実を誤認したものである、というのである。

そこで、記録を調査し当審における事実取調べの結果をも参酌して検討すると、この点に関し原判決がその「判示事実認定の理由」欄において説示するところは、すべて正当として是認することができる。なお、付言すれば、証拠によると、被告人が携帯していたヘロイン一四袋と、ダボが携帯していたヘロイン一四袋とは、各袋のヘロインの量もほぼ等しいこと、各袋の材質、構造も等しいこと、右ヘロインには自色粉末のものと淡褐色粉末のものと二種類あるが、被告人の携帯分とダボの携帯分は、いずれも淡褐色粉末の袋が大多数を占め、白色粉末のものは一ないし二袋ずつにすぎないこと、その二種類ともその増量剤が乳糖であることが認められ、これらの事実は、被告人の携帯したヘロインとダボの携帯したヘロインとが、同じ密輸グループに属することを推測させるものであって、原判決の右判断の正しいことを裏付けるものである。したがつて、原判決が、被告人はダボの携帯したヘロインの密輸入についても共謀したと認定したことは正当である。論旨は理由がない。

二職権調査(事実誤認)

しかしながら、職権をもつて調査すると、原判決は次の理由によつて破棄を免れない。

麻薬取締法においては、ヘロインに関する取締規定違反罪は、一般の麻薬に関する取締規定違反罪に対して特別規定の関係にあるから、同法六四条二項の罪が成立するためには、犯人がヘロインであることを認識してこれを輸入したことが要件となるところ、原審及び当審において取り調べた証拠によれば、被告人が、その密輸入した麻薬がヘロインであると認識していたという証明は不十分である。すなわち、被告人は、捜査段階においては、自己が携帯したタバコの箱の中に麻薬が隠匿されていたことすら知らなかつたと供述し、原審公判においては、ダボとの共謀の点を除き、公訴事実を認める旨陳述するに至つたものの、その麻薬がヘロインであるということまで認織していたか否かについては、質問も受けず、したがつて明確な陳述もしていないのであり、当審公判においては、「麻薬をインドから直接ナイジェリアに輸入すると摘発される危険が大きく、東京を経由してナイジェリアに輸入すれば摘発される危険が小さいので、インドから成田に立ち寄つた。」という趣旨の供述をしたものの、「右麻薬の種類がヘロインであるかその他の麻薬であるかについては、知らなかった。」「マニエルから告げられた右麻薬を指称する言薬は、英語で「ドラッグ」、現地語で「アチケ」(粉という意味)であつた。」という趣旨の供述をしたに止まるところ、共犯者のダボは、原審公判において、「被告人から、マルボロの箱の中にコカインが入つている、と告げられた。」という趣旨の供述をしているのである。そして、他に被告人が本件麻薬をヘロインであるとまで認識していたと認めるに足る証拠はない。

もつとも、運び屋程度の役割を分担したにすぎない犯人が、主謀者から、運搬する物品が麻薬であるという以上に具体的な麻薬の種類を告げられていなかつた場合でも、麻薬の種類としてヘロイン及びその他の麻薬の別のあることを知つており、かつ、運搬を頼まれた状況、一般的密輸入の実状についての知識等から、当該麻薬がヘロインである可能性を当然認識し得る状況にあつたのに、そのいずれであるかを意に介さず運搬を担当したという場合には、ヘロインの密輸入の未必的故意があつたものといえないではないが、証拠によれば、被告人は、ヘロイン及びコカインという名称自体は知つていたことが認められるものの、本件では、むしろ当該麻薬がコカインであると認識していた可能性もあり、ヘロインの密輸入の未必的故意があつたとまで認定するのは相当でない。

そうすると、被告人は、ダボと共謀して密輸入した本件麻薬合計一三九六・七五グラムについて、単に麻薬ないしコカインであるという程度の認識を有していたことは認められるものの、それ以上に、被告人がこれらの麻薬がヘロインであるという認識を未必的にもせよ有していたことの証明はないというべきである。

したがつて、原判決は、この点において事実を誤認したものというべく、右誤りは判決に影響を及ぼすことが明らかであるから、控訴趣意のその余の点について判断するまでもなく、原判決は破棄を免れない。

三よつて、刑訴法三九七条一項、三八二条により原判決を破棄し、同法四〇〇条但書を適用して次のとおり判決する。

(罪となるべき事実)

原判決記載の「罪となるべき事実」を引用する外、その冒頭に次の(一)を、その末尾に次の(二)を加える。

(一)  被告人及びダボは、いずれも麻薬輸入業者の免許を受けた者ではない。

(二)  被告人は、犯行当時、右麻薬については、これが塩酸ジアセチルモルヒネ(ヘロイン)を含有するものであるとの認識を有さず、単に麻薬ないしコカインであるという程度の認識を有するにすぎなかつた。

(証拠の標目)

原判決記載の「証拠の標目」を引用する外、次の証拠を加える。

一  厚生省薬務局麻薬課長作成の「捜査関係事項の照会について」と題する回答書二通

一  被告人の当審公判における供述

(法令の適用)

判示所為のうち、共謀して塩酸ジアセチルモルヒネを本邦内に持ち込んだ点は、客観的所為としては、包括して刑法六〇条、麻薬取締法六四条二項、一項、一二条一項に該当するが、被告人は単に麻薬ないしコカインを密輸入するという程度の認識を有していたにすぎないと認めざるを得ないから、刑法三八条二項により、同法六〇条、麻薬取締法六五条二項、一項、一三条に該当するものとし、判示所為のうち、共謀して麻薬を携帯して税関検査場を通過した点及び通過しようとした点については、包括して、刑法六〇条、関税法一〇九条一項、関税定率法二一条一項一号本文に該当するところ、以上は、一個の行為で二個の罪名に触れる場合であるから、刑法五四条一項前段、一〇条により、一罪として重い麻薬取締法六五条二項の罪の刑で処断することとし、所定刑中有期懲役刑のみを選択し、所定刑期の範囲内で被告人を懲役五年六月に処し、刑法二一条を適用して原審における未決勾留日数中一〇〇日を右本刑に算入し、押収してある二重ビニール袋入り塩酸ジアセチルモルヒネ二八袋(当庁昭和六〇年押第二六三号の1ないし28)は、判示麻薬取締法違反の罪にかかる麻薬であつて犯人が所持するものであるから、同法六八条本文によりこれを没収することとし、原審及び当審における訴訟費用は、刑訴法一八一条一項但書を適用して被告人に負担させないこととする。

(情状)

本件は、密輸入した麻薬の量も多く、密輸入の方法も計画的かつ巧妙である点で、営利目的による麻薬の密輸犯の中でも悪質である。また、被告人は、ダボとともに、いわゆる運び屋の役割を担つたもので、密輸グループの首謀者であるとは認められないが、少なくとも、ダボに対しては被告人が指導的な地位にあつたと認めることができる。したがつて、他面において、本件麻薬がすべて押収され、日本国内において使用されなかつたことなど、被告人に有利な事情のあることを考慮しても、主文の量刑はやむを得ないと思料する。

(裁判長裁判官海老原震一 裁判官森岡 茂 裁判官小田健司)

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